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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)2624号 判決 1987年3月27日

原告

荒木清美

原告

荒木泰之

右二名訴訟代理人弁護士

岡村親宜

山田裕祥

内藤功

岡村親宜訴訟復代理人弁護士

望月浩一郎

被告

海南特殊機械株式会社

右代表者代表取締役

田中一郎

被告

田中一郎

被告

竹村工業株式会社

右代表者代表取締役

竹村弘実

被告

松川建設株式会社

右代表者代表取締役

竹村弘実

右四名訴訟代理人弁護士

中村紘

主文

被告海南特殊機械株式会社及び被告松川建設株式会社は、原告荒木清美に対し、各自一八八九万四六九七円、原告荒木泰之に対し、各自一二四六万〇三三四円及びこれらに対する昭和六〇年四月一四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告海南特殊機械株式会社及び被告松川建設株式会社に対するその余の請求並びに被告田中一郎及び被告竹村工業株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らと被告海南特殊機械株式会社及び被告松川建設株式会社間においてはこれを五分し、その三を原告らの、その余を被告海南特殊機械株式会社及び被告松川建設株式会社の各負担とし、原告らと被告田中一郎及び被告竹村工業株式会社間においては原告らの負担とする。

この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告荒木清美に対し、各自五四五六万一二八〇円、原告荒木泰之に対し、各自二六一六万円及びこれらに対する昭和六〇年四月一四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告荒木清美(以下「原告清美」という。)は、後記労災事故により死亡した荒木信之(以下「亡信之」という。)の妻であり、原告荒木泰之(以下「原告泰之」という。)は、亡信之の父である。

(二) 被告海南特殊機械株式会社(以下「被告海南機械」という。)は、リフト、エレベーター製作、据付、販売等を目的とする会社であり、被告田中一郎(以下「被告田中」という。)は、被告海南機械の代表取締役である。

(三) 被告竹村工業株式会社(以下「被告竹村工業」という。)は、電気部品の製造、販売等を目的とする会社であり、被告松川建設株式会社(以下「被告松川建設」という。)は、土木建築工事の請負等を目的とする会社である。

2  本件事故の発生

(一) 日時 昭和六〇年四月一三日午後四時ころ

(二) 場所 長野県下伊那郡松川町上片桐四六〇四番地所在の被告竹村工業第四電気工場新築工事現場(以下「本件工場」あるいは「本件事故現場」という。)

(三) 事故の態様

(1) 被告竹村工業は、被告松川建設に対し、被告竹村工業第四電気工場新築工事を請け負わせた。

(2) 被告松川建設は、株式会社平田商会に対し、右新築工事のうち、油圧式エレベーターの据付工事を下請し、同商会は、これを被告海南機械に孫請した。

(3) 亡信之は、被告海南機械の従業員であり、同社の安全管理者専務取締役松本正安(以下「松本」という。)の下で本件工事現場においてエレベーター据付工事に従事していた。

(4) 本件工事現場におけるエレベーター据付工事は、高さが一階床面から四・八メートルの二階階段まわり開口部(以下「本件開口部」という。)付近の床部分の箇所を使用して行うものであり、墜落災害の危険を及ぼす虞があったが、同開口部には、囲い、手摺り、覆い等の墜落防止措置を講じておらず、同作業は全くの無防備の状態で行われた。

(5) 亡信之は、入社間もない未経験な労働者で、被告海南機械の藤井政明(以下「藤井」という。)の指揮の下に、初めての泊り込み出張の同作業を行ったものであるが、据付工事を終了し、片付けを始めようとしてチェーンブロックを取りに二階に上がり、二階床上に置いてあったチェーンブロックを、本件開口部の床端に運び、この位置でチェーンブロックの滑車部分を先に、チェーン部分を手繰りながら一階へ下ろしていた際、何かの作用でチェーン部分に引っ張り力が生じ、これに引きずられたが、本件開口部には手摺り等の墜落防止設備が全く設置していなかったため、亡信之は、チェーンブロックに引きずられて本件開口部から墜落し、死亡したものである(以下「本件事故」という。)。

3  責任原因

(一) 被告海南機械の責任

被告海南機械は、次のいずれかの理由により損害賠償責任を負う。

(1) 債務不履行責任

被告海南機械は、亡信之との労働契約の信義則に基づき、同人の生命、身体、健康の安全を保護すべき債務(以下「安全配慮義務」という。)を負っており、本件のような墜落災害を防止するため、本件工事現場の本件開口部に、囲い、手摺り、覆い等を設置する等、墜落防止に必要な措置を講ずべき義務を負っていたものというべきところ(労働安全衛生法三〇条、労働安全衛生規則六五三条一項参照)、被告海南機械は、この義務を履行せず、本件事故を発生させたものであるから、民法四一五条により原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(2) 不法行為責任

被告海南機械の安全管理者専務取締役松本は、昭和六〇年四月九日、本件工事現場を視察したが、本件開口部の床を作業のため使用すること、使用すれば本件開口部からの墜落の危険性に気付いていたものの、被告松川建設と本件開口部からの墜落防止をどうするかの相談はせず、本件事故のような墜落を防止するため、本件工事現場の本件開口部に、囲い、手摺り、覆い等墜落防止に必要な措置を講ずべき注意義務を負っていたものであるところ、これを怠り本件事故を発生させたものであるから、被告海南機械は、民法七〇九条により原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(3) 使用者責任

被告海南機械の安全管理者松本及び本件工事現場責任者藤井は、本件事故のような墜落を防止するため、本件工事現場の本件開口部に、囲い、手摺り、覆い等墜落防止に必要な措置を講ずべき注意義務を負っていたものであるところ、松本は、昭和六〇年四月九日、本件工事現場を視察したが、本件開口部の床を作業のため使用すること、使用すれば本件開口部からの墜落の危険性に気付いたものの、漫然右注意義務を怠り、藤井は、亡信之他を指揮して本件工事に従事させるにあたり、右開口部から本件工事に従事する労働者が墜落する危険に気づいていながら漫然右注意義務を怠り、松本及び藤井は何の墜落防止の措置を講じず亡信之らをして本件工事に従事させ、本件事故を発生させたものである。被告海南機械は、松本及び藤井を被用し、被告海南機械の事業を執行するため、本件工事に従事させていたものである。したがって、被告海南機械は、民法七一五条一項により原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告松川建設の責任

被告松川建設は、次のいずれかの理由により損害賠償責任を負う。

(1) 債務不履行責任

被告松川建設は、本件工事の請負建築業者であり、同工事中、エレベーター据付工事を被告海南機械に下請けし、被告海南機械の労働者を本件工事現場に立ち入らせ、据付工事に従事させたものであるから、被告松川建設と被告海南機械の労働者である亡信之との間には労働関係があり、被告松川建設は、同労働関係上の信義則に基づき同人の生命、身体、健康の安全を保護すべき債務(以下「安全配慮義務」という。)を負っており、本件のような墜落災害を防止するため、本件工事現場の本件開口部に、囲い、手摺り、覆い等を設置する等、墜落防止に必要な措置を講ずべき義務を負っていたものというべきところ(労働安全衛生法三〇条、労働安全衛生規則六五三条一項参照)、被告松川建設は、墜落防止のための手摺りを設置することとし、昭和六〇年四月初旬ころ、下請けの綿半工営に指示し、床端の鉄骨に単管四本を、床面と垂直に溶接で取り付けており、この単管に横さんとなる単管を二段に取り付ければ、手摺りは完成したにもかかわらず、本件事故当時この横さんとなる単管は取り付けられないまま、本件開口部は放置され、この義務を履行せず、本件事故を発生させたものであるから、民法四一五条により原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(2) 不法行為責任

被告松川建設は、本件事故のような墜落を防止するため、本件工事現場の本件開口部に、囲い、手摺り、覆い等墜落防止に必要な措置を講ずべき注意義務を負っていたものであるところ、被告松川建設の現場代理人宮下禮二(以下「宮下」という。)は、前記のように手摺りを設置することを怠り本件事故を発生させたものであるから、被告松川建設は、民法七〇九条により原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(3) 使用者責任

被告松川建設は、本件事故のような墜落を防止するため、本件工事現場の本件開口部に、囲い、手摺り、覆い等墜落防止に必要な措置を講ずべき注意義務を負っていたものであるところ、被告松川建設の現場代理人宮下は、本件工事現場において、被告海南機械の労働者が本件開口部にある床を本件工事のため使用し、その際右開口部から本件工事に従事する労働者が墜落する危険に気づき、昭和六〇年四月初旬ころ下請けの綿半工営に指示して手摺りの設置を指示したが、綿半工営がこれを完成させずに放置していたにもかかわらず、漫然右注意義務を怠り、完全な墜落防止の措置を講じず、亡信之らをして本件工事に従事させ本件事故を発生させたものである。被告松川建設は、宮下を被用し、被告松川建設の事業を執行するため、宮下を現場代理人として被告海南機械を孫請として使用し、本件工事に従事させていたものである。したがって、被告松川建設は民法七一五条一項により原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(三) 被告竹村工業

被告松川建設は、被告竹村工業が一〇〇パーセント出資し、被告竹村工業の建築部門を分離し、法人登記したものであるが、その法人格は形骸であり、被告松川建設と被告竹村工業の法人格は、実質一つであるから、法人格否認の法理により、被告竹村工業も民法四一五条あるいは七〇九条により原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(四) 被告田中

(1) 民法七一五条二項の責任(第一次請求)

被告田中は、被告海南機械の代表取締役の地位にあり、同社の代理監督者であったというべきところ、本件事故は、被告松川建設の現場代理人宮下と、被告海南機械の安全管理者専務取締役松本及び現場責任者藤井の前記墜落防止に必要な措置を講ずべき注意義務違反により発生したものであるから、民法七一五条二項により原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(2) 商法二六六条の三の責任(第二次請求)

仮に、(1)の責任が認められないとしても、被告田中は、藤井をして本件工事現場における本件開口部に墜落防止に必要な措置を講じた後作業に従事させるよう指揮監督すべき注意義務を負っていたところ、これを重大な過失により怠り、本件事故を発生させたものであるから、商法二六六条の三により原告らの後記損害を賠償する責任がある。

4  損害

亡信之及び原告らは、以下のとおり損害を被った。

(一) 逸失利益 五七四八万円

亡信之は、昭和三〇年七月九日生まれの死亡当時二九歳の高卒の男子であり、本件事故にあわなければ六七歳までの三八年間就労が可能であったものである。昭和五九年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・高校卒・全年齢平均の男子労働者の平均賃金は三九一万五八〇〇円であるので、生活費控除率を三〇パーセントとし、年五分の割合による中間利息の控除を新ホフマン式計算法で行うと亡信之の逸失利益は次のとおりの計算式により右金額となる。

(計算式)

三九一万五八〇〇円×(一-〇・三)×二〇・九七〇=五七四八万(一〇〇〇円未満切捨て)

(二) 相続

亡信之は、右損害賠償請求権を有するところ、原告らと亡信之は前記の身分関係であり、原告らは、亡信之の相続人であるから、亡信之から右損害賠償請求権を原告清美は三分の二(三八三二万円)、原告泰之は三分の一(一九一六万円)相続した。

(三) 葬儀費用 九〇万円

原告清美は、亡信之の死亡につき、法儀、布施料、供物料として二〇万四〇〇〇円、仏壇仏具一三〇万円、合計一五〇万四〇〇〇円の葬祭料を支出したが、右のうち右金額が本件事故による損害というべきである。

(四) 原告らの慰藉料

原告清美 二〇〇〇万円

原告泰之 五〇〇万円

原告らは、本件事故による亡信之の死亡により多大な精神的苦痛を受けたが、被告らは、重大な法違反を犯していながら、墜落災害の事実さえ否認して責任逃れに終始し、全く誠意がみられなかったという事情を考慮すれば、その精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当というべきである。

小計 原告清美 五九二二万円

原告泰之 二四一六万円

(五) 損益相殺

原告清美は、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による遺族補償給付として九一一万二〇〇〇円(一〇〇〇日分)、葬祭料として五四万六七二〇円、合計九六五万八七二〇円が給付されたので、これを原告清美の損害賠償請求権から控除することとする。

(六) 弁護士費用

原告清美 五〇〇万円

原告泰之 二〇〇万円

原告らは、被告らが任意に右損害の支払いをしないために、その賠償請求をするため、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したが、右のうち右金額を被告らが負担するのが相当である。

合計 原告清美 五四五六万一二八〇円

原告泰之 二六一六万円

よって、原告清美は、被告ら各自に対し、右損害金五四五六万一二八〇円、原告泰之は、被告ら各自に対し、右損害金二六一六円及びこれらに対する本件事故発生の日の後である昭和六〇年四月一四日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。

2  同2(事故の発生)の事実、(一)発生日時、(二)場所は認める。

(三)事故の態様のうち、1から3までは認める。4のうち、本件工事現場の床面は一階床部分と二階階段回り開口部の床部分とは四・八メートルの高低差があったこと、同開口部には、囲い、手摺り、覆い等の墜落防止措置を講じていなかったこと、したがって、抽象的には墜落災害の危険を及ぼす虞があったことは認めるが、その余は否認する。亡信之は、入社間もない未経験な労働者で、被告海南機械の藤井の指揮の下に同作業を行ったものであること、亡信之が死亡したこと、据付作業を終了したことは認めるが、初めての泊り込み出張であったことは否認し、その余は知らない。

亡信之が本件開口部付近の床面にあったチェーンブロックを一階に下ろそうとして一旦肩にかついだ(本件開口部南端まで亡信之がチェーンブロックを移動させたときにそうしたはずである。)とすれば、そのまま階段を下りるのが通常であって、チェーンブロックは、一旦肩にかついだものの、重さに耐えかねて吊り下ろす気持ちを起こすほどの重さではないし、チェーンブロックを吊り下ろすのは危険な作業であり、通常は行わないことである。

仮に、チェーンブロックを吊り下ろすことを考えたとすれば、そのチェーンブロックは、本件開口部付近の床面にあったのであるから、その開口部から吊り下ろすのが通常であり、チェーンブロックを吊り下ろすことにより、多少なりとも床面に傷をつけるおそれがあることを考えれば、エレベーターが設置される一階の床面になら多少の傷がついても構わないのに対し、一階階段全面の床は避けるのが通常であることを考え併せると、ますますエレベーター開口部から吊り下ろすことを選ぶのが自然であること、亡信之には頭蓋骨骨折こそあったものの、手足、その他の身体部分には何らの外傷もなく、また、頭蓋骨骨折の箇所は、後頭部であるのであり、チェーンブロックを吊り下ろそうとして、引っ張られて落ちたのであるなら体の前面に下になって落ちるはずであり、考えられない。また、チェーンブロックを吊り下ろそうとすれば、チェーンを手繰って下ろすのであるから、チェーンが丸まって、しかも、亡信之の頭部の下にあったことは不自然である。

以上の諸点を考え併せると、原告らの主張する本件事故の態様は、成立ち得ない想定である。

亡信之は、本件事故前日、体調が悪く、飲酒も早々に切り上げて同僚より先に就寝するほどで、しかも、宿泊先で嘔吐したほどであったから、亡信之は、チェーンブロックを肩に担ぎ、階段を下りたところ、あるいはその一、二階上で立ちくらみの状態になり、無意識のまま棒を倒すように後向きに倒れ、肩に担いでいたチェーンブロックで後頭部を強打して死亡したのではないかとも考えられる。その他色々の可能性が考えられ、被告らに責任はないものである。

3  同3(責任原因)の事実中、被告海南機械及び被告松川建設が一般的には、亡信之に対し安全配慮義務を負っていたこと、被告松川建設は、被告竹村工業が一〇〇パーセント出資し、被告竹村工業の建築部門を分離し、法人登記したものであること、被告田中は、被告海南機械の代表取締役の地位にあることは認め、その余は否認あるいは争う。

4  同4(損害)の事実中、(一)逸失利益のうち、亡信之は、昭和三〇年七月九日生まれの死亡当時二九歳の高卒男子であったことは認め、その余は争う。(二)相続のうち、原告らと亡信之の身分関係は認める。(三)葬儀費用については原告清美が、費用を負担したことは否認する。被告海南機械は、葬儀社に依頼して亡信之の遺体を名古屋市まで搬送し、その代金一七万円を負担し、更に、葬儀社に依頼して、通夜、葬儀を行いその費用一二六万八〇三〇円を負担し、大黒寺に御供料として二二万円支払い、御香典として五万円を支出した外、果物の籠盛り(一万六〇〇〇円)も御供えした。(右合計一七二万四〇三〇円)、一方労災保険に基づき給付された葬儀料五四万六七二〇円はそのまま原告清美に受け取らせた。したがって、原告清美が葬儀費用を請求することはできないものである。(四)慰藉料については、被告らが墜落災害の事実さえ否認して責任逃れに終始し、全く誠意がみられなかったということは否認し、その余は不知あるいは争う。(五)損益相殺は認める。(六)弁護士費用のうち、原告らが、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したことは認め、その余は争う。

三  抗弁

1  過失相殺

仮に、本件事故の事故態様が原告主張のとおりであるとしても、亡信之は、階段もあり、また、エレベーター設置のための開口部に足場も設けてあったのに、墜落防止設備がないことを充分承知していながら、わざわざ本件開口部の床端まで来て、自らの重大な過失で落下したものである。チェーンブロックは、さほど重いものではなかったから、肩に担いで運搬するのが通常であり、階段を下りれば良かったのであって、そうするのになんら支障がなかったのであるから、亡信之の行為は、全く必要のない危険な行為を自ら行ったものである。また、亡信之は、ヘルメットを着用していなかったか、あるいは着用していたとしても紐を締めておらず、落下の途中で脱げたのかどちらかであり、いずれにしても亡信之の過失は重大である。

2  損害のてん補

(一) 原告らは、労災保険に基づく遺族補償給付金と葬祭料しか損益相殺として主張していないが、右遺族補償給付金は、遺族年金として支払われるべき一日当たり九一一二円の一〇〇〇日分であって、一年を一五三日として計算して一〇〇〇〇日を経過した(六年と八二日)後は年金として支払われる。すなわち、七年目は七一日分で六四万六八五二円、八年目以降は一五三日分で一三九万四一三六円支払われるものである。

(二) 原告らは、労災保険に基づく遺族特別給付金として、三〇〇万円の給付を受けている。

(三) 原告清美は厚生年金法に基づく遺族年金として五九万三四〇〇円を支給される旨決定され、昭和六〇年五月から右年金の給付を受けている。

(四) 被告海南機械は、原告らに対し、亡信之死亡後も給与の名目で昭和六〇年五月から八月までの四ヶ月分を支払っており、合計九二万円を支払ずみである。

(五) よって、上記金額を含め以下の金員は損害から控除されるべきである。

(1) 遺族特別年金 三〇〇万円

(2) 死亡後給与名目で支払った金員 九二万円

(3) 将来給付されるべき労災遺族年金

ア 七年目に支給される六四万六九五二円の現価四七万九一九七円

(計算式)

六四万六九五一円×ホフマン係数〇・七四〇七

イ 八年目から原告清美の平均余命五四年(原告清美は、昭和三三年一一月生まれで、亡信之死亡時は二七歳である。)間に毎年支給される年金一三九万四一三六円の現価二七七八万六九四二円

(計算式)

一三九万四一三六円×五四年のホフマン係数二五・八〇五六-七年のホフマン係数五・八七三四

(4) 将来給付されるべき厚生遺族年金

原告清美が六五歳に達するまで三八年間毎年給付される五九万三四〇〇円の現価一二四四万三七一六円

(計算式)五九万三四〇〇円×三八年のホフマン係数二〇・九七〇二)

四  抗弁に対する認否

1  過失相殺の主張は争う。

本件事故につき過失相殺は許されない。

民法の定める過失相殺制度は、実質的に対等な市民相互間の損害のてん補を目的とする過失責任主義に基づく損害賠償制度において、社会における損失の公平な分担を図るという見地から加害市民と実質的に対等な被害市民に社会的に非難さるべき過失があった場合、それを具体的に考慮して全面的な損害のてん補を修正し(賠償額の減額から責任の免除にいたるまで)、実質的に公平な解決を図る点にある。過失相殺の理論は過失責任主義を根本原則とする民法上の損害賠償に当然随伴する理論なのである。ところが、労災発生についての労働者の不注意は、民法の過失相殺制度の予定する加害者と実質的に対等な地位にある被害者の過失とは本質的に異なるのであるから労災事件に過失相殺を形式的に適用することは法的に許されないことといわなければならない。労災事件においては、通常の場合、それは、使用者の安全保護義務違反に吸収され、過失相殺の対象となる社会的に非難されるべき過失は存在しないというべきであるから、過失相殺は許されないものである。

仮に、労災事件において過失相殺が許されるとしても、次の特別事情がある場合には、過失相殺は許されないとするのが相当である。使用者に法違反や安全規定違反等が認められる等重大な安全保護義務違反が存する場合。労働者に不注意、不安全行動があっても、それが職場で慣行化していたり、あるいは使用者が指示した方法等である場合。仕事への熱中、仕事の不慣れ、安全教育欠如、アルバイト工等仕事に対する未熟さなどから生まれる不注意につき、それが事故に結び付くことを防止する装置、組織が存在しない場合。そして、本件事故は具体的事実に即してみると過失相殺の許されない特別の事情があるものである。

2  損害のてん補は、厚生年金についての部分を除き、既払分については認める。厚生年金については争う。

労災補償給付金については既受領分のみ控除が許され、将来支給予定分の控除は許されない。

損益相殺は、被害者が当該不法行為と関連して利益を得た場合に、当該不法行為による損害と当該利益の発生に同質性があり、当該利益が直接損害てん補の目的を有するものにつき、公平の原則上、その利益を損害から控除することが許される。ところが、労災特別給付金は、政府の保険施設からの省令に基づく見舞金であり、損害賠償における損害の発生原因と同質性はなく、直接損害のてん補を目的としないから、損益相殺は許されない。

被告海南機械の給与の支払は見舞金として行われたものであり、損害の発生と同質性はなく、損益相殺は許されない。

厚生年金は、保険料の半額を労働者が負担する生活保障を目的とする社会保険であり、同保険金は、損害の発生と同質性はなく、かつ、損害のてん補を目的とするものではないから、損益相殺は許されない。また、仮に損益相殺が許されるとしても、既受領分に限られ、将来の受給予定分は、損益相殺は許されない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

二  同2(事故の発生)、同3(請求原因)及び過失相殺の抗弁について判断する。

1  同2(事故の発生)の事実中、(一)発生日時及び(二)場所は当事者間に争いがなく、(三)事故の態様のうち、被告竹村工業は、被告松川建設に対し、被告竹村工業第四電気工場新築工事を請け負わせたこと、被告松川建設は、株式会社平田商会に対し、右新築工事のうち、油圧式エレベーターの据付工事を下請し、同商会は、これを被告海南機械に孫請したこと、亡信之は、被告海南機械の従業員であり、同社の安全管理者専務取締役松本の下で本件工事現場においてエレベーター据付工事に従事していたこと、本件工事現場の床面は一階床部分と二階階段回り開口部の床部分とは四・八メートルの高低差があったこと、同開口部には、囲い、手摺り、覆い等の墜落防止措置を講じていなかったこと、したがって、抽象的には墜落災害の危険を及ぼす虞があったこと、亡信之は、入社間もない未経験な労働者で、被告海南機械の藤井の指揮の下に同作業を行ったものであること、亡信之が死亡したこと、据付作業を終了したことは当事者間に争いがない。

同3(責任原因)の事実中、被告海南機械及び被告松川建設が一般的には亡信之に対し安全配慮義務を負っていたこと、被告松川建設は、被告竹村工業が一〇〇パーセント出資し、被告竹村工業の建築部門を分離し、法人登記したものであること、被告田中は、被告海南機械の代表取締役の地位にあることは当事者間に争いがない。

既にあらわれた争いのない事実に、(証拠略)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

被告海南機械は、リフト、エレベーター製作、据付、販売等を目的とする会社であり、被告田中は、被告海南機械の代表取締役である。被告竹村工業は、電気部品の製造、販売等を目的とする会社であり、被告松川建設株式会社は、土木建築工事の請負等を目的とする会社である。

被告竹村工業は、被告松川建設に対し、被告竹村工業第四電気工場新築工事を請け負わせ、被告松川建設は、株式会社平田商会に対し、右新築工事のうち、油圧式エレベーターの据付工事を下請し、同商会は、これを被告海南機械に孫請した。

本件事故現場は、間口五八・七六メートル、奥行き三〇メートルの鉄骨造り二階建ての工場用建物を建築するもので、既に鉄骨による建物が建てられ、屋根は鉄板葺され、建物の周囲には鋼製の足場が設けられ、建物内部は、一階の床面は、コンクリートが打設され、二階の床面もデッキプレートを敷き、その上にコンクリート打設され、いずれも床面上は歩行あるいは作業に使用できる状態であり、建物の東側と西側には、一階から二階に向かって鋼製の階段が設けられ、二階には右階段部分及びエレベーター据付部分にそれぞれ開口部が設けられ(前記のとおり前者を「本件開口部」という。)、高さは一階床面から四・八メートルであった(別紙図面1、2参照)。

本件工事現場におけるエレベーター据付工事は、二階の二つの開口部付近の床部分の箇所を使用して行うものであり、墜落災害の危険を及ぼす虞があったが、同開口部には、囲い、手摺り、覆い等の墜落防止措置が講じられていなかった。

亡信之は、被告海南機械の従業員であり、入社間もない経験の少ない者で、藤井の指揮の下に、初めての泊り込み出張の同作業を行ったものであるが、据付作業を終了し、片付けを始めようとしてチェーンブロックを取りに二階に上がり、二階床上に置いてあったチェーンブロック(重量約一六・五キログラム)を、本件開口部の床端に運び、この位置でチェーンブロックの滑車部分を先に、チェーン部分を手繰りながら一階へ下ろしていた際(被告海南機械の作業員は、チェーンブロックを下に降ろす際、それがかなり重いとき、階段等通路が狭いとき等の場合にはウインチで降ろすか、右の方法で降ろすことにしていたものである。ただし、本件のチェーンブロックはその重量からして、肩に担いで階段を降りるのが普通の方法であった。)、何かの作用でチェーン部分に引っ張り力が生じ、これに引きずられたが、本件開口部には手摺り等の墜落防止設備が全く設置していなかったため、亡信之は、チェーンブロックに引きずられて本件開口部から墜落し、頭部を強打し、脳挫傷、頭蓋骨骨折により死亡したものである。

被告海南機械の安全管理者松本及び本件工事現場責任者藤井は、墜落を防止するため、本件工事現場の本件開口部に、囲い、手摺り、覆い等墜落防止に必要な措置を講ずべき注意義務を負っていたものであるところ、松本は、昭和六〇年四月九日、本件工事現場を視察したが、本件開口部の床を作業のため使用すること、使用すれば本件開口部からの墜落の危険性に気付いたものの、また、藤井は、亡信之らを指揮して本件工事に従事させるにあたり、右開口部から本件工事に従事する労働者が墜落する危険に気づいていながら、松本及び藤井は墜落防止の措置を何ら講じず亡信之らをして本件工事に従事させ、本件事故を発生させたものである。被告海南機械は、松本及び藤井を被用し、被告海南機械の事業を執行するため、本件工事に従事させていたものである。

被告松川建設は、墜落を防止するため、本件工事現場の本件開口部に、囲い、手摺り、覆い等墜落防止に必要な措置を講ずべき注意義務を負っていたものであるところ、被告松川建設の現場代理人宮下は、本件工事現場において、被告海南機械の労働者が本件開口部にある床を本件工事のため使用し、その際右開口部から本件工事に従事する労働者が墜落する危険に気づき、昭和六〇年四月初旬ころ下請けの綿半工営に指示して手摺りの設置を指示したが、綿半工営がこれを完成させずに放置していたにもかかわらず、完全な墜落防止の措置を講じず、亡信之らをして本件工事に従事させ本件事故を発生させたものである。被告松川建設は、宮下を被用し、被告松川建設の事業を執行するため、宮下を現場代理人として被告海南機械を孫請として使用し、本件工事に従事させていたものである。したがって、被告松川建設は民法七一五条一項により原告らの後記損害を賠償する責任がある。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。被告らは、本件事故の態様について独自に主張しているが、被告主張のような事故態様であることを認めることができる証拠はない。

2  右事実に徴すると、被告海南機械の従業員である藤井には前記の過失があるものであり、被告海南機械の業務の執行中のものであり、また被告松川建設の従業員である宮下には前記の過失があり、被告松川建設の業務の執行中のものであるから、被告海南機械及び被告松川建設は、民法七一五条一項により原告らの後記村(ママ)を賠償する責任があるというべきである。

原告は、被告松川建設は、被告竹村工業が一〇〇パーセント出資し、被告竹村工業の建築部門を分離し法人登記したものであるが、その法人格は形骸であり、被告松川建設と被告竹村工業の法人格は、実質一つであるから、法人格否認の法理により、被告竹村工業も民法四一五条あるいは七〇九条により原告らの後記損害を賠償する責任があると主張するが、被告松川建設は、被告竹村工業が一〇〇パーセント出資し被告竹村工業の建築部門を分離し、法人登記したものではあるが、右事実のみには、被告竹村工業に責任があるということはできず、他に、被告竹村工業に責任があると認めるに足りる主張、立証はない。

原告らは、被告田中は、被告海南機械の代表取締役の地位にあり、同社の代理監督者であったというべきところ、本件事故は、被告海南機械の安全管理者松本及び現場責任者藤井の前記墜落防止に必要な措置を講ずべき注意義務違反により発生したものであるから、民法七一五条二項により原告らの後記損害を賠償する責任があると主張するが、法人の代表者は、現実に被用者の選任、監督を担当していたときに限り、当該被用者の行為について民法七一五条二項による責任を負うものであると解すべきところ(最判(三小)昭和四二・五・三〇民集二一・四・九六一)、その点についての主張、立証がないから、原告の主張は理由がない。更に、原告らは、被告田中は、藤井をして本件開口部に墜落防止に必要な措置を講じた後作業に従事させるよう指揮監督すべき注意義務を負っていたところ、これを重大な過失により怠り、本件事故を発生させたものであるから、商法二六六条の三により原告らの後記損害を賠償する責任があると主張するが、重大な過失の内容、程度について具体的な主張、立証がないから、原告の主張は理由がない。

以上によれば、被告海南機械及び被告松川建設は、原告らの後記損害を賠償する責任があり、被告田中及び被告竹村工業は、その責任がないものというべきである。

3  更に、本件訴訟に顕れた被告らの前記過失と、亡信之の、本来であれば、チェーンブロックを肩に担いで階段を降りればよいところ、墜落防止設備のない本件開口部で、それを認識しながら必要性に乏しい前記のような危険なチェーンブロックの降ろし方をした過失とを対比すると、亡信之にも本件事故の発生につき三割の過失があるとみるのが相当である。労災事件については過失相殺をすべきではないという原告らの主張は独自の見解であり採用できず、本件開口部が墜落の危険があることは見やすい道理であるから、本件開口部を使用する必要性の乏しい本件においては亡信之の過失の決して小さくはないものである(もっとも、被告海南機械及び被告松川建設の過失もかなり大きいものであって、本件は双方の過失が大きい事案であるということができる。)。

三  同4(損害)の事実について判断する(以下の損害は、被告海南機械及び被告松川建設に対するものである。)。

亡信之及び原告らは、以下のとおり損害を被ったものと認められる。

1  逸失利益 三九六三万円

亡信之は、昭和三〇年七月九日生まれの死亡当時二九歳の高卒男子であることは当事者間に争いがない。右争いのない事実、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、亡信之は、高校卒業後コック等に従事し、本件事故当時原告清美と二人家族で、被告海南機械に勤務し月額二三万円の給与を得ていたが、本件事故にあわなければ六七歳までの三八年間就労が可能であったことが認められる。右事実を前提に原告の逸失利益を検討するに、原告の年齢等を勘案すると、原告は、本件事故当時、収入は高額とはいえなかったが、将来の収入増が当然予想されるところであり、本件事故当時の収入を基礎として長い将来にわたって逸失利益を算出することは適切とは言い難い。そこで、原告ら主張の昭和五九年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・高校卒・全年齢平均の男子労働者の平均賃金である三九一万五八〇〇円を基礎とし、生活費控除率を四〇パーセントとし、年五分の割合による中間利息の控除をライプニッツ式計算法で行うと亡信之の逸失利益は次のとおりの計算式により右金額となる。

(計算式)

三九一万五八〇〇円×(一-〇・四)×一六・八六七八=三九六三万円(一万円未満切捨て)

2  相続

亡信之は、右損害賠償請求権を有するところ、原告清美は亡信之の妻であり、原告泰之は亡信之の父であることは当事者間に争いがないから、原告らは、亡信之の相続人であり、亡信之から右損害賠償請求権を原告清美は三分の二(二六四二万円)、原告泰之は三分の一(一三二一万円)を相続したものである。

3  葬儀費用 〇円

(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、原告清美は、亡信之の死亡につき、法儀、布施料、供物料と仏壇仏具の購入等のため相当額の金員を支出しているが、一方、被告海南機械は、葬儀社に依頼して亡信之の遺体を名古屋市まで搬送し、その代金を負担し、更に、葬儀社に依頼して、通夜、葬儀を行いその費用を負担し、大黒寺に御供料として相当額を支払い、香典を支出した他、果物の籠盛りも御供えした(以上合計で約一七〇万円)ことが認められ、被告海南機械が右金員につき原告らに返還を求めていないことを勘案すると、原告清美が被告海南機械及び被告松川建設に葬儀費用を請求するのは失当であるというべきである。

4  原告らの慰藉料

原告清美 一四四〇万円

原告泰之 三六〇万円

本件訴訟に顕れた諸般の事情に鑑みると、原告らの本件事故による亡信之の死亡により受けた精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当である。

小計 原告清美 四〇八二万円

原告泰之 一六八一万円

5  過失相殺

亡信之には、前記のように本件事故の発生につき三割を過失があるものであるから、右損害を三割減額することとする。

小計 原告清美 二八五七万四〇〇〇円

原告泰之 一一七五万七〇〇〇円

6  損益相殺及び損害のてん補

(一)  原告清美は、労災保険法による遺族補償給付として九一一万二〇〇〇円(一〇〇〇日分)、葬祭料として五四万六七二〇円、合計九六五万八七二〇円が給付されたことは当事者間に争いがないので、これを原告清美の損害賠償請求権から控除することとする(葬儀費用については被告海南機械が前記のように相当額を負担しているが、被告海南機械及び被告松川建設はこれにつき損益相殺の主張をせず、原告が葬儀費用の支出をしていないとも主張をしているため、葬儀費用を損害と認定していないので、給付された葬祭料については費目は異なるが認容した損害額から控除することとする。裁判実務上、労災保険の給付で損益相殺すべきものについては、その名目にこだわらず慰藉料を除く他の費目に対してしているのが通常であり、本件もこれにしたがう。)。

ところで、被告海南機械及び被告松川建設は、遺族補償給付金は、将来にわたって年金で支給されることが予定されているから、これについても損害から控除すべきであると主張するのでこの点について判断するに、「労働者災害補償保険法又は厚生年金保険法に基づき政府が将来にわたり継続して保険金を給付することが確定していても、いまだ現実の給付がない以上、将来の給付額を受給権者の使用者に対する損害賠償債権額から控除することを要しない。」(最判(三小)昭和五二・一〇・二五民集三一・六・八三六、第三者が加害者の場合にも同旨の判決がある。(最判昭和(三小)五二・五・二七民集三一・三・四二七))から被告海南機械及び被告松川建設の主張は失当であり、これを控除すべきではないというべきである。

(二)  原告清美は、労災保険に基づく遺族特別給付金として、三〇〇万円の給付を受けていることは当事者間に争いがない。ところで、遺族特別給付金は、労災保険法一二条の八に規定されている保険給付ではなく、同法二三条の規定に基づき労災保険の適用事業にかかる労働者の遺族の福祉の増進を図るための労働福祉事業の一環として給付されるものであって、労働者が被った損害のてん補を目的とするものではないから、損害を算定するにつき、これを損益相殺の法理によりその損害額から控除することはできないものと解するのが相当である。

(三)  被告海南機械は、原告らに対し、亡信之死亡後も給与の名目で昭和六〇年八月分までの分を支払っており、五月から八月分まで毎月二三万円、合計九二万円を支払ずみであることは当事者間に争いがない。原告らは、亡信之死亡後支払われた被告海南機械の四ケ月間の給与の九二万円の支払は見舞金として行われたものであり、損害の発生と同質性はなく、損益相殺は許されないと主張するが、見舞金として支払われたと認めるに足りる証拠はないから、これを相続分にしたがい(原告清美は、六一万三三三三円、原告泰之は、三〇万六六六六円、いずれも円未満切捨て)損害から控除することとする。

(四)  (証拠略)によれば、原告清美は、厚生年金法に基づく遺族年金を支給される旨決定され、昭和六〇年八月から昭和六一年一一月まで右年金合計九〇万七二五〇円の給付を受けていること及び将来にわたって相当額が年金として支給される予定であることが認められる。そこで、金員が原告の損害からてん補されるべきか否かにつき判断するに、厚生年金保険法による年金の給付については、同法四〇条は、事故が第三者の行為によって生じた場合に保険給付をしたときは、政府は、その給付の価額の限度で、受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得し(同条一項)、受給権者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で、保険給付をしないことができる(同条二項)旨規定している趣旨に鑑みるに、使用者が加害者である場合においてのみ、これが控除の対象とはならないと解することは困難であるから、右支払いずみの年金九〇万七二五〇円は、損害賠償額から控除すべきものであるというべきである(最判(三小)前掲はこれを当然の前提としている)。そして、将来の給付分については「労働者災害補償保険法又は厚生年金保険法に基づき政府が将来にわたり継続して保険金を給付することが確定していても、いまだ現実の給付がない以上、将来の給付額を受給権者の使用者に対する損害賠償債権額から控除することを要しない。」(最判(三小)前掲)から被告海南機械及び被告松川建設の主張は失当であり、これを控除すべきではないと云うべきである。

小計 原告清美 一七三九万四六九七円

原告泰之 一一四六万〇三三四円

7  弁護士費用

原告清美 一五〇万円

原告泰之 一〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告海南機械及び被告松川建設が任意に右損害の支払いをしないので、その賠償請求をするため、原告ら代理人らに対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したことが認められ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額に照らせば、弁護士費用として被告海南機械及び被告松川建設に損害賠償を求めうる額は、右金額が相当である。

合計 原告清美 一八八九万四六九七円

原告泰之 一二四六万〇三三四円

四  以上のとおり、原告清美の本訴請求は、被告海南機械及び被告松川建設に対し、各自一八八九万四六九七円、原告泰之の本訴請求は、同被告らに対し、各自一二四六万〇三三四円及びこれらに対する本件事故の日の後である昭和六〇年四月一四日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからいずれも認容することとし、原告らの被告海南機械及び被告松川建設に対するその余の請求並びに被告田中及び被告竹村工業に対する請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川博史)

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